僕、25歳で起業したとき、正直、学歴も人脈もお金もありませんでした。貯金17万、家賃7万のボロボロのマンション。"ちゃんとしたルート"では、どう考えても勝てへん側の人間やったんです。

でも、治療家として11年、なんとか戦ってこれた。なんでやろう、と自分でも考えるんですけど、たぶん答えはひとつ。僕は「正面玄関」やない、別の入り口から入ったからやと思うんです。

今日はその"第3の扉"の話を、子供の将来を考えてるお父さんお母さんに、どうしても聞いてほしくて。ちょっと長くなりますけど、付き合ってください。

なんでこの話をするか。理由はシンプルで、僕自身が「正面玄関に並べなかった側」やからです。だからこそ、行列に並ぶのがしんどい子の気持ちが、痛いほど分かる。そして、その子にも必ず道がある、ということも、自分の人生で証明してきたつもりなんです。きれいごとやなくて、実感として。

成功には「3つの扉」がある

ベストセラー作家のアレックス・バナヤンが、面白いことを言うてます。成功には、3つの扉がある、と。

ひとつ目は「正面の扉」。みんなが行列をつくって、順番に並ぶ入り口。いい成績、いい大学、いい会社。王道のルートです。ふたつ目は「VIPの扉」。生まれや人脈で、最初から開いてる特別な入り口。そして三つ目が「第3の扉」。行列を抜けて、路地裏を走って、開いてるキッチンの窓からそっと忍び込む入り口です。

ビル・ゲイツも、スピルバーグも、最初のチャンスはこの第3の扉からつかんだ、とバナヤンは言います。僕がこじ開けたのも、間違いなく3つ目でした。正面に並ぶ資格がなかったから、別の窓を探すしかなかったんです。

おもしろいのは、第3の扉から入った人って、あとから見たら「すごい才能」みたいに語られるけど、本人たちは大体「並ぶとこがなかったから、横から行っただけ」なんですよね。才能というより、工夫。運というより、行動。ここ、子供に伝えるとき大事やと思ってて。「特別な人だけが入れる扉」やないんです。「並ぶのをやめて、自分で探した人」が見つける扉。誰にでも、そのチャンスはあるんです。

「正面玄関」の行列は、年々長くなってる

誤解せんといてほしいんですけど、正面の扉が悪いわけやないです。いい成績も、いい学校も、大事。僕も子供には、勉強してほしいと思ってます。

ただ、ひとつだけ知っておいてほしいことがあって。その行列、年々えげつなく長くなってるんですよ。しかも、並んでる子はみんな"そこそこ優秀"。たとえば世界のトップ大学では、学生はほぼ全員が「A評価」を持ってる。つまり、成績だけでは、もう差がつかへん世界なんです。

じゃあ、何で差がつくか。サイドでやってたプログラミング、YouTubeでの発信、自分で立ち上げた小さなビジネス——成績表に載らへん「その人だけの何か」です。みんなと同じ行列に、ただ長く並ばせるだけやと、その「何か」は育ちにくい。ここに、僕はずっと引っかかってるんです。

しかも、行列って、進むのが遅いほど不安になりますよね。「周りはできてるのに、うちの子は」って。でも、ちょっと考えてみてほしいんです。同じ行列でビリを争うのと、別の道で一番になるの、どっちがその子は輝くやろう、と。順位を競う土俵を変えるだけで、「劣等生」が「第一人者」になることって、ほんまにあるんですよ。僕自身、治療家の世界で"普通の手技"を競ってたら埋もれてた。でも「見えない原因を診る」という別の土俵を選んだから、戦えた。土俵選びは、才能と同じくらい大事なんです。

第3の扉をこじ開けた人の話

ひとり、分かりやすい例を出します。アリ・アブダールという人。彼はケンブリッジの医学部を出た、れっきとしたエリートです。でも、今は世界トップクラスのYouTuberとして活動してる。

彼が面接やキャリアで評価されたのは、成績やなかったそうです。独学で立ち上げたウェブデザインの事業や、ホスピスでお年寄りにマジックを見せてた経験——そういう「変わったこと」のほうが、人の心に残った。"医学"という土台に、"発信"を掛け合わせたから、彼は代わりのきかへん存在になったんです。

これ、特別な天才の話やと思いますか? 僕はそうは思わへんのです。どんな子にも、その子だけの「掛け合わせ」のタネがある。問題は、それを大人が見つけて、育ててあげられるかどうか。それだけやと思うんです。

なんで今、第3の扉が効くんか

ここ、すごく大事なんで、もう少し踏み込ませてください。「第3の扉」って、昔からあった考え方ではあるんです。でも、今ほどそれが効く時代はないと僕は思ってます。

理由は、AIです。これまで「正面玄関」で評価されてたのは、知識の量や、決められた作業を正確にこなす力でした。でも、その多くは、もうAIが一瞬でやってしまう。じゃあ、これから人間に残る価値は何か。「この人にしか出せへん視点」「好きを突き詰めた偏り」「人を動かす伝え方」——つまり、まさに第3の扉で磨かれる力なんですよ。

皮肉な話で、AIが進むほど、"優等生的な正解"の価値は下がって、"その子だけの個性"の価値が上がる。だから、子供の「好き」や「変わったこだわり」を、これまで以上に大事にしてあげてほしいんです。それは遊びやなくて、未来への投資やと、僕は本気で思ってます。

我が子の"好き"が、いちばんの原石

じゃあ、その「掛け合わせのタネ」って、どこにあるか。答えはシンプルで、子供が時間を忘れて没頭してることの中にあります。

ゲームでも、絵でも、生き物でも、電車でも、なんでもいい。「またそんなことして」と取り上げたくなるやつ、ありますよね。でも、ちょっと待ってほしいんです。その"好き"こそが、その子の原石かもしれへんから。

ゲームが好きな子は、実況やレビューを作る側に回れるかもしれへん。絵が好きな子は、それをデジタルで発信できるかもしれへん。大事なのは、好きを「消費」で終わらせず、「作る・伝える」のほうへ、そっと橋をかけてあげることなんです。

僕の経験で言うと、人がいちばん伸びるのは「やらされてる」ときやなくて、「勝手にやってまう」ときなんですよ。治療の勉強でもそうでした。誰かに言われて開く教科書より、「なんでこの患者さん良くなったんやろ?」と自分で気になって調べたことのほうが、何十倍も身についた。子供の"好き"には、その「勝手にやってまう」エネルギーが、もともと詰まってる。これを使わへん手はないんです。親がやることは、火をつけることやなくて、もう燃えてる火を消さへんこと。それだけでええんです。

学力は「土台」、その上に"好き"を掛ける

ここで誤解されたくないんですけど、「勉強せんでいい」という話やないですよ。むしろ逆です。

僕の感覚では、学力は"土台"なんです。その上に、"好き"や"発信する力"を掛け算する。土台がしっかりしてるほど、掛け算は大きくなる。商品(プロダクト)がよくても、それを世に届ける力(伝える力)がなければ広がらへんし、伝える力があっても、中身がスカスカやったら続かへん。両方が要るんです。

僕の治療でも、同じなんですよ。腕(技術)だけ磨いても、それを必要な人に届ける力がなかったら、ボロボロのマンションで終わってた。逆に、口だけうまくても、技術がなかったら一発で見抜かれる。土台と掛け算。これは、大人の仕事でも子供の将来でも、ほんまに同じやと思います。

だから、勉強を「正面玄関のため」とだけ考えると、しんどくなる。そうやなくて、「自分の"好き"を、もっと遠くまで飛ばすための翼」やと捉えると、見え方が変わるんです。文章が書ければ、好きを伝えられる。数字に強ければ、好きをビジネスにできる。英語ができれば、好きを世界に届けられる。勉強は、行列に並ぶためのチケットやなくて、第3の扉の向こうへ飛ぶための燃料。子供にも、そう話してあげると、机に向かう意味が変わってくるんちゃうかなと思います。

失敗は「負け」やない、「データ」や

第3の扉は、前例のない道です。地図がない。だから、こけます。何回も。

でもね、ここがいちばん大事なんですけど、失敗を「負け」と捉えるか、「データ」と捉えるかで、その子の伸びは全然変わるんです。うまくいかへんかったとき、「自分はダメや」で終わる子と、「じゃあ次はこうしてみよ」と次の一手に変えられる子。後者は、こけるたびに強くなる。

僕も、自己破産までしてます。あれを「人生終わった」と捉えてたら、今はない。「あ、このやり方はあかんねや」というデータが1個増えただけ、と思えたから、また立てた。だから子供がしくじったときこそ、責めるんやなくて、「ええデータ取れたやん」と言ってあげてほしいんです。

これ、家庭の空気がすべてやと思います。失敗を見せたら怒られる家やと、子供は「失敗せえへんこと」を最優先にする。つまり、挑戦せえへん子になる。逆に、失敗を笑い飛ばして「で、次どうする?」と前を向ける家やと、子供はどんどん打席に立つ。第3の扉は、何回も窓を叩いてみる人にしか開きません。だからこそ、家を"安心して失敗できる場所"にしてあげることが、いちばんの応援になるんです。

親ができる、第3の扉の見つけ方

最後に、じゃあ親として具体的に何ができるか。むずかしいことやないです。3つだけ。

ひとつ目、"好き"を否定しない。「くだらない」と切り捨てた瞬間に、原石は土に還ります。ふたつ目、小さく挑戦・発信させる。作ったものを、家族でもSNSでもいいから、誰かに見せる経験をさせる。三つ目、「なんで?」を一緒に面白がる。答えを教えるんやなくて、一緒に考える側に回る。

あるトップモデルのお父さんは、娘にいつもこう言うてたそうです。「お前を信じてる(I trust you)」って。高い基準を求めながら、でも、根っこのところでは100%信じてる。この"信頼"が、子供が第3の扉に挑む勇気になるんやと思います。親は、行列の交通整理係やない。子供だけの裏道を、一緒に探す相棒なんです。

正直、これがいちばん難しいです。僕も、人を雇って育てる立場になって痛感してます。信じて任せるって、口で言うほど簡単やない。手を出したくなるし、心配で口も出る。でも、信じて任せた人ほど、勝手に伸びていくんですよね。逆に、管理しすぎた人は、指示待ちになる。子供もまったく同じやと思います。「失敗するかも」をぐっとこらえて、まかせてみる。その我慢が、その子の"自分で扉を開ける力"を育てるんです。

おわりに

正面の扉に並ぶのも、立派な道です。それを否定する気はまったくないです。

でも、もしその行列を見て、お子さんがしんどそうにしてたら。あるいは、「この子、みんなと同じやと埋もれてしまうな」と感じたら。そのときは思い出してほしいんです。扉は、正面だけやないということを。

その子だけの窓は、たいてい"好き"の奥にあります。見えてる成績や行列に振り回されんと、その奥にある原石を、一緒に磨いてあげてください。

最後にひとつだけ。親が「正面玄関がすべてや」という顔をしてると、子供はそれを敏感に感じ取って、別の道を選ぶのがこわくなります。逆に、親自身が「いろんな扉があるよな」とおおらかに構えてると、子供は安心して、自分の窓を探しにいける。つまり、子供の世界を広げる最初のドアは、親の"価値観"なんですよ。だからまずは、僕らが肩の力を抜くこと。それが第一歩やと思います。

僕みたいに学歴も金もなかった人間でも、第3の扉から、ちゃんと人生は拓けました。だから断言できます——あなたのお子さんにも、その子だけの扉が、必ずあります。きっと、大丈夫です。