文房具売り場やSNSで「スクイーズ」を握りしめる子どもの動画が、今静かなブームになっている。柔らかい感触を指でつぶす、こねる——単なる流行りのおもちゃに見えるこの行動は、実は発達心理学が長年注目してきた『自己調整力』と深く関係している。感情の波を自分でコントロールする力は、IQよりも将来の健康や経済的な安定を左右するとする研究さえある。なぜ子どもは無意識にスクイーズを求めるのか、そしてこの力を家庭でどう伸ばせるのか、科学的根拠とともに解説する。
なぜ子どもは「スクイーズ」を求めるのか
スクイーズやフィジェットトイが子どもたちの間で定番アイテムになっている背景には、感覚を通じて心を落ち着けたいという自然な欲求がある。不安や緊張、退屈を感じたとき、手や指先への刺激は脳の覚醒レベルを調整し、気持ちを落ち着かせる効果があるとされる。これは特別な行動ではなく、貧乏ゆすりや爪を噛む、髪を触るといった昔からある『自己刺激行動』の延長線上にあり、多くの子どもが成長の過程で自然に身につけていくものだ。
発達心理学ではこうした感情や衝動を自分で扱う力を『自己調整力(セルフレギュレーション)』と呼ぶ。この力が育つ土台となるのが3歳から6歳ごろにかけて急速に発達する脳の前頭前野の働きで、この時期の経験が後の自己調整力の基盤を作るとされている。スクイーズという流行りのおもちゃは、この発達段階にある子どもたちの『自分で気持ちを整えたい』という無意識のニーズに、たまたま合致したツールだと捉えると理解しやすい。
図:自己調整力の発達期
「自己調整力」とは何か——学力より重要な3つの力
自己調整力は漠然とした概念に聞こえるが、発達心理学者エイデル・ダイヤモンドの研究では『抑制制御』『ワーキングメモリ』『認知的柔軟性』という3つの実行機能(エグゼクティブファンクション)に分解して説明される。抑制制御は衝動的な行動を抑える力、ワーキングメモリは情報を一時的に保持し操作する力、認知的柔軟性は状況に応じて考え方を切り替える力を指す。これらは学校の成績とは別軸にありながら、学習全体を支える基礎体力のような存在だ。
例えば授業中に手を挙げずに話し出したい衝動を抑える、宿題の手順を覚えながら作業する、予定外の出来事に柔軟に対応する——こうした日常の場面すべてに実行機能が関わっている。テストの点数のように数値化されにくいため見過ごされがちだが、幼児期から学童期にかけてこの3つの力を意識的に育てることが、結果として学力やその後の人間関係の土台を強くすることが複数の研究で示されている。
図:実行機能の3要素
💡 続きの実践ヒントを無料で受け取る → 無料で登録する
あわせて読みたい: AI時代の「非認知能力」!子どもの未来を拓く力
「幼少期の自己統制」が将来を左右する大規模研究
自己調整力の重要性を示す代表的な研究が、ニュージーランドで約1000人を対象に生後から30年以上追跡した大規模縦断研究だ。3歳から11歳の間に測定された『自己統制力』の高さが、その後の健康状態、経済的な安定、犯罪歴の少なさと強く関連していることが示された。しかもこの関連は、家庭の経済状況や子ども自身のIQを統計的に取り除いても変わらず確認されており、自己調整力が独立した重要な力であることを裏づけている。
この研究が示す最大のポイントは、自己統制力が『生まれつきの性格』ではなく、幼少期の働きかけによって伸ばせる力だということだ。追跡調査では、幼少期に自己統制力が低かった子どもでも、成長の過程で改善が見られた場合、将来のリスクが低下する傾向も確認されている。つまり今の家庭でのちょっとした関わり方の積み重ねが、10年後、20年後の子どもの人生に影響する可能性があるということだ。
図:追跡調査の流れ
スクイーズは魔法の道具ではない——使い方の注意点
ここで注意したいのは、スクイーズやフィジェットトイそのものが自己調整力を直接育てるわけではないという点だ。研究の蓄積はまだ発展途上で、集中力向上に役立ったという報告がある一方、逆に気が散ってしまうケースも報告されている。道具はあくまで『気持ちを落ち着けるきっかけ』であり、道具に依存しすぎると、道具がない場面で自分の感情をコントロールできなくなる可能性も指摘されている。
効果的に使うコツは、道具を使いながら大人が感情の名前をつけてあげることだ。『イライラしてるんだね、スクイーズを握って深呼吸してみようか』というように、感覚刺激と言葉かけをセットにすることで、子どもは徐々に道具がなくても同じように気持ちを整えられるようになっていく。道具はゴールではなく、自己調整力を学ぶための一時的な補助輪だと考えるとよい。
図:効果的な使い方3つ
📩 見逃さないよう無料メールで最新情報を受け取る → 無料で登録する
あわせて読みたい: 【知らないと損】フィリピンに学ぶ「非認知能力」教育
家庭で今日からできる自己調整力トレーニング
特別な道具がなくても、日常の中で自己調整力を鍛える方法はいくつもある。代表的なのが『深呼吸』『順番を待つ』『気持ちの言語化』の3つだ。怒りや不安を感じたときに深呼吸を一緒に行う習慣、おやつや遊びの順番を待たせる小さなルール、『今どんな気持ち?』と尋ねて言葉にする対話——これらはどれも家庭で無理なく取り入れられ、繰り返すことで少しずつ子ども自身が自分の感情を扱えるようになっていく。
重要なのは即効性を求めないことだ。自己調整力は数日で身につくものではなく、幼児期から学童期にかけて何年もかけて育っていく力であり、失敗や癇癪も発達の途中経過として受け止める姿勢が大人に求められる。子どもがうまくいかなかったときほど『次はこうしてみよう』と一緒に振り返る時間を持つことが、長期的には最も効果的なトレーニングになる。
図:今日からできる3習慣
園・学校・自治体と連携してさらに力を伸ばす
自己調整力は家庭だけで育てるものではなく、幼稚園や保育園、学校での集団生活の中でも大きく伸びる力だ。近年は自治体レベルでも、非認知能力の育成を意識した保育プログラムや教員研修を導入する動きが広がっている。家庭での関わり方と、園や学校での指導方針が同じ方向を向いていると、子どもは環境が変わっても一貫した形で自己調整力を発揮しやすくなる。
保護者としてできることは、家庭での様子を先生と共有し、園や学校がどのような場面で自己調整力を意識した声かけをしているかを聞いてみることだ。地域によっては子育て支援センターや教育委員会が非認知能力に関する保護者向け講座を開催していることもあるため、気になる場合は自治体の子育て支援窓口に問い合わせてみるとよい。家庭・園・地域が連携することで、子どもの自己調整力はより確かなものになっていく。
図:3者で支える仕組み
▶ 子育てに役立つ情報を無料で受け取る → 無料で登録する
まとめ
スクイーズブームは、子どもたちが無意識に発している『自分の気持ちを整えたい』というサインでもある。自己調整力は生まれつきの性格ではなく、幼少期の関わり方次第で伸ばせる力/深呼吸や言葉かけなど、特別な道具がなくても家庭でできることは多い/家庭・園・自治体が同じ方向を向くことで、子どもは安心して感情と向き合える。流行りのおもちゃをきっかけに、家庭での関わり方を見直してみてほしい。
参考文献
- Moffitt, T.E. et al. (2011). A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety. Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS).
- Diamond, A. (2013). Executive Functions. Annual Review of Psychology, 64, 135-168.
- OECD (2015). Skills for Social Progress: The Power of Social and Emotional Skills.


